中学校の部活動に対し、声出しがうるさいと住民から苦情があり、運動部が無言で練習していると、J-castが伝えています。
個人的にはちょと信じられない苦情内容なのですが、一体どういうことなのでしょうか。
部活動の声は騒音?
J-castの記事「中学の部活「生徒の声出しうるさい」 住民の苦情に運動部は無言で練習」によると、中学校の運動部の掛け声や吹奏楽部の音がうるさいと、近所住民から苦情が入り、実際に声出しが禁止になったり、朝練がなくなったりした学校もあるとか。
学校の近所に住む人にとっては、平日週末かまわず朝7時から部活動の声や音がうるさく、それは騒音でしかないということです。
楽器の音、サッカーのボールを蹴る音、野球部の替え声、など、やはり気にする人にとっては気になるのでしょうか。
学校に苦情を入れた人の中には、「音を出したら子どもに何かするぞ」のような脅かしの内容もあったとか。
最近でも東京都内の新しい幼稚園建設計画が、住民の反対により中止になったニュースが流れたばかりですよね。これは子供を送り迎えによる渋滞が危惧されたことが一番の計画中止理由だったようですが、子供の声が騒音になるということを気にする住民もいたと推測します。幼稚園や保育園の近所住民が、子供の声がうるさいとの苦情があるというお報道は、よく耳にしますよね。
狭い住宅地に住む人間なら、隣近所からありとあらゆる生活音が聞こえてくると思います。どこまでが騒音で、どこまでがそうでないのか、基準と判断は難しいですよね。
なぜ苦情が出るのか
私が一番不思議に思ったのは、かつての日本では子供たちが近所で大声で遊んでいるのは普通だったのではないでしょうか。
今でも田舎に行けば、日中は玄関や窓が開けっ放しで、子供の遊ぶ大声が丸聞こえです。
私は以前保育園の運動場のすぐ隣に住んでいました。私の部屋の窓の下は運動場というような立地で、平日の日中はうるさかったです。何十人という子供が一斉に外で遊ぶので、ものすごいうるさい。しかしそれも平日のお昼過ぎまでです。夕方以降は怖いほど静かでした。もちろん週末は一日中静かでした。
さらに小学校が徒歩2分の所に住んだこともあります。小学校ですから保育園より長い時間子供が外で活動しますし、週末も部活動やイベントで子供が運動場に集まります。夜まで賑やかなのは、年数回のイベントのときだけで、普段は夕ご飯の時間帯には静かになります。
うるさいなと思うこともありますが、学校に苦情を言おうと思ったことはありません。
なぜ学校に苦情を言う大人がいるのでしょうか。
考えられるのは、昔の子供が静かで現代っ子が急にうるさくなった。あるいは昔の大人は子供の声に寛大だった、または我慢していた。子供が原因か、大人が原因か。
今の中学生が、昔の中学生より部活で大きな声を出すようになったとは考えられません。やはり受け止める側、近所の住民、つまり大人たちが変わったのではないでしょうか。
または、学校が地域の一部でなくなったのかもしれません。地域が学校を支えている、そんな意識が住民に無ければ、住民にとって学校は単なるどこかの会社の建物、そこから聞こえてくる声は騒音でしかないのしょう。
みんなの意見は?
J-castによると、様々な意見があるようで、「我慢すべき」という声もある一方、苦情を言う住民に理解を示す意見もあったようです。
またネットでは、部活動に声出しは必要か疑問視する声や、近所住民は理解してくれるだろうという甘えがあるのでは?という意見もありました。
「部活なんて1,2時間。時報だと思って我慢すべき」
「子供だから何しても許される
学童だから何しても許される
学生だから何しても許される
少年だから何しても許される
甘え」
「声出しの必要性などない。メジャーリーグとか声出しなんてやってない」
「自治体や学校はクレーマーの名前を晒して堂々と戦ったら良い
クレーマーも自分に理があるなら社会に提起したら良い」
私はアメリカに住んでいますが、中学生や高校生のサッカーの練習中や、バスケットの練習をときどき見かけますが、日本の中学校のような声なんて出していません。
軍隊の練習では、軍隊の人たちが声を出しています。
最後に
部活中に声を出さなければ、あるいは吹奏楽部は防音が施されている部屋で練習すれば問題は解決するのかというと、そうでもないような気がします。
なぜなら声だけでなく、サッカーのボールを蹴る音にも苦情を言ってくる住民がいるからです。
やはりこれは受け止める大人にも、何かしら問題があるのではないでしょうか。現代の独特の問題が。
以上、声がうるさいと苦情で、中学部活動が無言で練習についてでした。