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生命38億年スペシャル 人はなぜモメるのか?主な3つの要因

      2016/03/31

不定期で放送されている「生命38億年スペシャル  人間とは何だ…!?」。今回のテーマは「人はなぜモメるのか?」だ。とても興味深いテーマである。というのも程度や頻度の差こそあれ、人はモメる動物だと思うからだ。しかしモメるはモメるが、滅多にモメごとが起きない人、いつもモメごとが絶えない人といる。本当に程度や頻度の差があって、その差はどこから来るのだろうかと思う。番組から見えてくる、そのモメる要因を客観視しながら、この疑問について考えてみたい。

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要するに距離感

モメごとは何も見知らぬ他人同士だから起きるのではない。番組でも取り上げられたように、それは親子間とかむしろ近い人間関係の間に起こるものだ。つまり関係が近すぎるのだ。親子といえど、異なった人格を持つ人間である。親子だから家族だから一緒にいるべきとか、親だから、子供だから、というだけで、うまが合わない人間同士が無理に一緒にいようとか、何とか一緒にいさせようとか、そういう適度な距離感が無いところに、モメごとは起こる。人によって毎日でも会いたい人、一月に一回でいい人、年に数回でいい人、またはメールだけの連絡で十分な人、といる。年にお盆とお正月に会えば十分なような関係なのに、親子というだけでしょっちゅうしょっちゅう会うような間違った距離感に悲劇は起こる。

物理的に遠く離れた人とモメたりしない。接点はないし、頻繁に会うこともないからだ。モメてしまう相手とは、距離を持つことが一番の対処法である。実際にモメごととは無縁な人は、距離の保ち方がうまい。

モメている相手に依存、モメることに依存

いつも喧嘩やモメごとが絶えないのだから、しばらくは連絡を取るのを止めればいいのに、敢えて毎日そのモメる相手と合っている人がいる。モメるのが好きなのか趣味なのかと思ってしまう。そういう人間関係しか築いてこなかった人にとっては、モメる関係が普通の人間関係なのだ。どうして喧嘩するのが分かっているのに敢えて会いに行くのか。そういうことを言えば喧嘩になるのが分かっているはずなのに、どうしてそういうことを言い出して、モメようとするのか。そこにその人は、自分の存在価値を見出すのだ。そこがその人の生きる場所。口論をすれば相手は自分に言い返してくるし、自分に腹を立てるだろう。モメている間は、自分に相手のアテンションがあるわけだ。たとえそれがマイナスのアテンションでも、アテンションはアテンションだ。無という寂しさより、ずっとマシだ。

モメごとに無縁の人は、モメごとの種をまいたりしない。モメごとの匂いがしたら、その場をさっさと離れるのだ。遠く離れれば、モメごとに巻き込まれることはない。

モメない人は、人との関わり方が上手い人

番組でも取り上げられた、わざと人を起こらせるようなことを言う人。友陣の知り合いで、わざと大人が言うことの反対のことを言って怒らせる、という心理病理を持った小学生がいる。その病気は、例えば大人が「今日は仕事が忙しかったな」「ううん、忙しくなかったよ」、「だからとても疲れたな」「疲れてないよ」、「でもはかどって良かった」「はかどってないよ」という会話が続き、確かにイライラする。ちゃんと学会で認められた病気だ。子供の頃に起きる一過性の場合が多く、大人になると治るらしい。しかしこの小学生がこのまま治らなかったら、将来とても人間関係で苦労するだろう。

この小学生は人懐っこいのだが、人との関わり方がこれでは、モメるのは目に見えている。実際親との喧嘩も絶えない。逆にモメごとが少ない人は、人との関わり方をちゃんと心得ている。決して、モメごとが少ない人=人と関わらない人、ではない。むしろモメごとの多い人は、必要以上に人と関わろうとする人だろう。関わり方が下手というか、やり方を知らないというか。

まとめ

この番組では、いつも人間とは何だと考えさせられる。今回のテーマも実に奥深いものだ。人の人生は人間関係に始まり、人間関係に終わる。そして全ての感情は人間関係から生まれるものだ。人間関係あるところにモメごとあり。しかし、その程度や頻度は個人がどのように人と関わるかで、コントロールできるのだと思う。番組やこの記事がそのための参考になることを願う。

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